山梨県にスタートアップ・経営支援課が誕生してまもなく2年。「汗をかく行政」を合言葉に、企業誘致から資金調達、起業支援や成長加速サポートまで、ひと・もの・かねの領域を横断して奔走する様々な支援事業を展開しています。
2025年度には、県下発のスタートアップ支援拠点が誕生します。全国にさまざまな支援拠点が生まれる中、山梨県の支援拠点はどのような場所であるべきか。どんな支援が求められるのか…。
連載「スタートアップ支援って、どうあるべきなんだろ?」は、この問いのヒントを探る企画。
山梨県スタートアップ・経営支援課が、毎回ひとつのテーマをもとにゲストをお招きし、建設途中の工事現場で「あーでもない、こーでもない」と対話を重ねていきます。
連載の本題に入る前に、「プロローグ(前編)」では、山梨県スタートアップ経営支援課の統括マネージャー・森田考治が、山梨県におけるスタートアップ支援の取り組みを振り返り、スタートアップ創出にかける想いを語ります。
東京都 あきる野市出身。徴税や農政部課、県土整備部など、さまざまな部署を経験後、2023年に新設されたスタートアップ・経営支援へ。「汗かく行政」をスローガンに掲げ、スタートアップ企業への伴走支援に取り組んでいる。
リニア開通は、脅威かもしれない
2025年のスタートアップ支援拠点開業に向けて、いよいよ工事が始まりましたね。施設のお話の前に、山梨県のスタートアップ支援事業はどんなきっかけで始まったんですか?
スタートアップという単語が出るようになったのは、山梨県の「リニアやまなしビジョン」に合わせた実証実験サポート事業。令和3年度に始まった、最先端技術やサービスを有するスタートアップ企業に対して山梨県で実施する社会実証プロジェクトを全面的にサポートするという事業でした( TRY!YAMANASHI!!実証実験サポート事業 )
リニア開通に備えて事業が始まったんですね。
そうですね。というもの、リニア開通によってヒトも企業もすべて大都市に吸われてしまうのではないかという「ストロー現象」を懸念していたのです。それではいけないと、何かしら山梨に降り立ってもらう理由を創出しようということで、実証実験サポート事業がはじまりました。
都市部との飛躍的なアクセス向上による、負の影響の部分をどうカバーするかということだったんですね。
事業の目的は「行き来する人が増えればいいな」というもので、山梨に関係人口を増やすというものでしたね。
今、皆さんが目指しているのは、スタートアップの「定着」。
そうですね。「定着」という言葉が出るようになったのは、スタートアップ・経営支援課の前身に当たる成長産業推進課で、企業の「誘致・定着を目指していこう」という目標を掲げたところからでした。
リニアの実証実験サポート事業にはお金がかかるんです。行き来する人を増やすというのはもちろん大切なのですが、実証実験が終了したら山梨を出て行ってしまうようでは県経済にメリットがあるとは言い切れない。
ストロー現象の対策として支援をしていたはずが、支援をしていたはずのひとたちも最終的にストローされてしまうという(苦笑)
合言葉は『汗をかく行政』
我々は『汗をかく行政』というスローガンを掲げています。このフレーズはリニアの実証実験サポート事業からヒントを得ているんです。
そうだったのですね。
県職員が “自分ごと” として病院や大学などの関連機関に出向いて実証実験の提携先と交渉していたところ「県職員が自ら足を運んで交渉する」というスタイルが非常に良かったとのフィードバックがたくさんありまして。我々もそういう支援を続けることにしました。
「つなげて終わり」ではないところが評価されたのですね。
マッチングだけではなく、ちゃんと取引に繋がって、良い関係性が継続されているという状態に導く。そこまで伴走するのが本当の”伴走支援”だと思っています。
具体的にはどんな支援をしていたんですか?
たとえば、あるスタートアップ企業は介護施設の介護職員不足による職員の疲弊という課題解決につながるビデオオンデマンドサービスを提供していますが、甲府市と富士吉田市の介護事業所で導入されました。
ポイントは、このサービスを山梨県介護施設協会に紹介しにいったこと。業界を束ねる組織に営業できれば、業界への認知を効率よく広めることができると考えたんです。山梨県にある「⚫︎⚫︎組合」「▲▲協会」などの情報は、県庁にあふれています。例えば、その協会にスタートアップが単独で営業を行ったとしても話を聞いてもらえないかもしれないけれど、県職員が同行するとなれば話が違う。「とりあえず話だけでも」と、なるんです。そこがチャンスかなと。
公平性の問題は、ここでは論点にならない
今のお話だけでも、特定のスタートアップ企業に対して、公の機関である県がかなり手厚く支援を行っている、という印象を受けます。
本当はしちゃいけないのかもしれませんね(笑)
従来の考え方であれば、行政はすべての企業を公平に扱うことが求められそうですものね。そこから一歩踏み込んで支援できたのはなぜですか?
そうそう。行政なので、本来であれば、いち民間企業に“肩入れ ”する、ましてそこの商品やサービスを県内企業に営業するというのは御法度なんですよ。でも、それで思考を止めていいのかな?と思うんです。公平性の観点から営業はできません、と…。
それも一つの「正論」ではありますよね…。
でも、スタートアップって革新的なアイデアと技術で社会にイノベーションを起こす企業じゃないですか。だから、全体のビジネスモデルとしては競合がいないはずなんですよね。競合がいないのであれば、たとえ “肩入れ ”しても、公平性の問題は、問題にならない。だって一社しかないわけですから。
そこにこだわるより、社会に革新を起こすことができるようなビジネスとアイデアを持っている企業があって、その技術で地域にある課題を解決に繋げることの方が大事だと思って。
「公平性の問題」と、県内企業が先進的なビジネスがあることを「知らないリスク」を比較した時に、「知らないリスク」の方がずっと高いと思ったんです。
プレイヤー間の公平性というより、課題解決が重要だということですね。
「山梨に足を運んでもらえたらいい」というリニア実証実験の話から、かなり具体的な課題解決にアプローチしていると感じます。山梨県のスタートアップ支援で、大切にしていることは何ですか?
「踏み込んで支援すること」ですね。つなげておしまいではあまりにも無責任。意味がないとは思いませんが、自分が虚しいのです。どうせ支援するのであれば、取引や導入、共同開発など、そこまで結果が伴って初めて「何かをやった」ということになると思うんです。支援実績というのは「この世に何を残したか」だと思っています。
自治体初の「コンバーティブル投資」
森田:起業には、資金調達を行い、実証実験を行い、ビジネスを展開して…と多様なステージがあると思うのですが、我々の支援はどのステージでも切れ目のない支援を目指しています。
中でも特徴的なものをあげるとしたら、なんですか??
資金調達サポート事業だと思います。県がベンチャーキャピタル(VC)を認定し、VCが出資を決めたスタートアップに対して県も出資するという事業で、日本で実行しているのは山梨県のみです。よくあるのは、県が出資してファンドをつくり、ファンドから出資するという形態で、ファンドを介さず直接出資するというのは山梨県の独自政策です。
県の直接投資というのは、それこそかなり踏み込んでいますね。
補助金の交付ではなく出資となると、出資した企業がどうなったとかというところまでは問われ続けます。「潰れました」とは言えないじゃないですか! そういうふうにならないように、求められる支援をきっちり実行するというのが今回のスタイルです。
スキームとしては「コンバーティブル投資(※)」といわれるものですね。投資先の選定は、認定したVCさんが投資すると決めた先に、山梨県も乗っかって投資しますよという仕組みも特徴的だと思いました。
※コンバーティブル投資:一定額以上の株式による資金調達時(転換条件達成時)に株式に転換できる権利が付された有償発行の新株予約権。
行政はビジネス的には素人なので、ビジネスの成長を予測することは難しい。そこを専門家(VC)に補ってもらっています。一方で、県がきっちり伴走支援することで、出資先が事業成長する可能性が高くなればVCとしても嬉しい。さらに、支援を受けるスタートアップは、県の出資企業となることで「信用力」を増すことができます。
なるほど! スタートアップに公共の認定があることで、それが社会的信用力を増してくれるという。
実際、その期待があるからこの事業に申請しましたという声は多いですね。スタートアップの皆さんは、信用と株主をすごく大事に考えていらっしゃる。中には、株主の一員として山梨県を選んでくださる企業もあり、支援を気に入ってくださったのかな?と嬉しく思っています。
森田さんは執念の人
ところで、そんなふうに山梨を選んでくれるスタートアップ企業を大事に考える森田さん、ご出身は東京なのですね。
そうそう、東京のあきる野市出身なんですよ。大学までずっと東京で、就職を機に山梨に来ました。
どうして今の職についたのでしょう?
自分が就活をしていた頃は超・就職氷河期。バブル崩壊直後のどん底の時期で、リストラも身近。民間企業を考えられる時代ではなく、公務員を目指すのが普通の思考でした。
私は国家公務員、東京都庁なども受けましたが、隣の山梨県の採用試験を受けに向かう普通電車で、窓から見た自然豊かな風景にとても惹かれて。「自分に合うのではないか」と直感で選びました。
山梨県庁に入ってからの印象的なお仕事を聞かせていただけますか?
面白かったのは税の徴収です。
徴税のお仕事も県職員が行うのですね!
そうなんです。「国税徴収法141条」という条文に従って我々徴税員が業務を遂行します。机上はもちろん、家宅捜索も行います。自宅に入って、家電を差し押さえるとか。車もロックできるし、鍵屋に依頼して鍵を開けてしまうこともできる。
ほう。
あまり詳しくはお話できませんが、いろんな人に出会いました。支払う姿勢もなく、弁護士を雇って抵抗してくるような人さえいましたが、かえってアドレナリンが出ました(笑)怯まず捜索を続け、最終的にきっちり自主納付を促す…という地道な仕事を続けていましたね。
森田さんの執念が伝わります…(笑)
徴税以外には、農政部課、県土整備部、そのあとは市町村課、総務省出向、財政課などの仕事を経験しました。二度目の県土整備部のときがちょうどコロナ禍のタイミング。その時に設置された山梨県感染症対策センターに属し、「やまなしグリーン・ゾーン認証」の活動を行いました。それも劇的な仕事でした。
未曾有のパンデミックに国も自治体も何を対策として行うべきか誰もわからない中、山梨県ではいち早く「やまなしグリーン・ゾーン認証」の対策を打ち立てました。その頃、山梨では感染がかなり抑えられていて、認証制度の効果では? と考えられ、内閣府に呼ばれて赴いたり、池上彰さんの番組でも取り上げていただいたりしました。
そう考えると、山梨県は新しい取り組みに寛容だと感じられます。何より、森田さんご自身がそうなのでしょうね。
新しいことは好きかもしれないです。一方で、「先例がこうだから…」という考え方はあまり馴染まないかな…。過去例で片付く問題って、今のような変化の大きな時代にはたかがが知れているのかな、とも思うんです。
伴走支援は、いただいた感動の御返し
支援課の取り組みは、県庁内ではどのように映っているのでしょうか。
うーん、どうですかね? なかなか面白い部署だと思ってもらえてたら嬉しいです。私はスタートアップのビジネスモデルを聞かせていただくたび、感動ばかりしています。「そんなこと考えているんだ!」という新鮮な驚きがある。
今の社会って、突拍子もないアイデアみたいなものが必要なんだと思ってて我々はそれを受け止めていきたいと思っています。感動を受けたら、その恩返しをしたい。だから、スタートアップのアイデアやビジネスを大きくするお手伝いをしたいと思うんです。
森田さんは支援の「成功」をどのようにお考えですか?
短期的な話では、スタートアップ企業が山梨に関心を持ってくれること。それと同時に県内企業もスタートアップに関心を持ち、新しい技術を取り入れようとする空気が醸成されること。コラボレーションして新事業展開につながるなど、県内産業が活性化することが一つの「成功」ですね。
中長期的には、スタートアップ企業が大きく成長すること。ユニコーン企業が生まれたらさらにいいですよね。それら結果として、スタートアップへの関心がさらに広がる。そんな流れができれば、と。
その「成功」のために、今、課題に感じていることはなんでしょう?
現段階ではまだ、県内企業がスタートアップ企業に対してあまり関心を持ってないんですよね。手間とお金をかけて新しいツールを導入することにも敬遠がある。だから、スタートアップ企業や彼らが展開するサービスに対して、もっと関心が高まっていくことを期待します。直接取引をしなくても、関わることによってプラスになることがいくらでもあると思う。
ディスカッションするだけでもアイデアの斬新さに驚かされる人も多いかもしれませんね。森田さんは、スタートアップ支援の仕事を通じて、山梨県をどんな場所にしていきたいですか?
山梨県は人口がどんどん減っています。特に、若い人たちが大学進学とともに外に出てしまい、戻ってこないことがめずらしくない。だから、スタートアップが「定着」して成長し、山梨県内に魅力的な働き口が増えてくれたらいいですよね。それが、若者たちの「山梨に帰ってくる理由」になってくれたら、と思います。
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