
山梨県庁にスタートアップ・経営支援課が誕生して、まもなく2年。「汗をかく行政」を合言葉に、誘致から資金調達、起業支援や成長加速サポートまで、各領域を横断して奔走する様々な支援事業を展開しています。
2025年秋には、県下発のスタートアップ支援拠点が誕生予定。全国にさまざまな支援拠点が生まれる中、山梨の支援拠点はどんな場所であるべきなのでしょうか。
連載「スタートアップ支援って、どうあるべきなんだろ?」は、この問いのヒントを探る企画。山梨県スタートアップ・経営支援課が、毎回ゲストをお招きし、建設途中の工事現場で「あーでもない、こーでもない」と対話を重ねていきます。
今回は、令和6年度「やまなしアクセラレーションプログラム事業」の運営を行う、フォースタートアップス株式会社・小田健博さんが登場。スタートアップ支援の専門家として、山梨県の支援について思うままに語ってもらいました。
Web制作会社、映画会社、広告代理店、creww株式会社を経て、2021年よりフォースタートアップスにジョイン。東京都、愛知県、広島県、山梨県、浜松市、京都市、福岡市、北九州市などと、スタートアップ支援、起業支援、オープンイノベーション推進に取り組む。
神奈川県出身。民間企業約20年を経て、2019年山梨県入庁。スタートアップ・経営支援課は1年目。民間時代は未上場から1部上場まで企業が成長する過程を、様々な部署で経験。山梨と神奈川で2拠点居住を実践中。
「うねり」を作りたいと思った
改めて、フォースタさんの事業内容について聞かせてもらえますか?
僕らフォースタートアップスは、日本で新しい産業や経済を牽引していける企業、主にスタートアップ企業を中心とした「成長産業支援事業」を展開しています。

メインの活動は、スタートアップ企業の組織構築を含めた人材支援ですね。中でもミドルステージ以降のスタートアップに対して、経営層やCxOの採用を支援することが中心です。彼らが次のステージに向かうためのスキルセットを持っている人材を紹介することで、数多くのスタートアップの成功を後押ししています。
小田さんが所属される「パブリックアフェアーズ ディビジョン」というのはどんなことをされている部署なのでしょう。
「パブリックアフェアーズ ディビジョン」は、まさに今回の山梨県のように地方自治体や行政機関のスタートアップ支援事業を伴走しているチームです。というのも、自治体や行政機関は「創業支援は経験があっても、スタートアップ支援は未経験」というところが多い。そこで、「スタートアップの支援をすること」のノウハウを持つ僕らがサポートに入っていくわけです。
支援をする上で、どのような点を重視されていますか?
地域課題をしっかり理解して「どのように支援すると、地域がより良くなるか」を考えることに重きをおくことです。地域の人々を巻き込みながら、”面”としてスタートアップが活躍しやすい「エコシステム」を作っていこうとしています。
だから、パブリック(官)にこだわるのですね。小田さんは、どうしてこの仕事を選んだんですか?

僕は前職の広告代理店時代に4年間ほど中国に駐在していたのですが、その時に「日本にもっと元気になってほしい」と強く感じることがありました。でもそれって、一つの企業だけで頑張ってもなかなか難しい。そこで、広く海外を見てみると、スタートアップを生み出して、それで社会が変わっていったという事例がいくつもあって。そういうイノベーションを日本でも起こしていきたいと思い、転職をしました。
そして、スタートアップのみにフォーカスしても、あまり大きな社会の変化は起こせない……と僕は感じていて。
何かが足りていないと。
成長するスタートアップは支援がなくても成長していくんです。一方で「成長しそうだけど、しきれない」とか、「ポテンシャルはあるんだけど、惜しい」ところもたくさんある。そこで、スタートアップ全体の実力を底上げするインフラになれるとしたら、行政機関とタッグを組むしかないと考えました。支援という名の「官民連携」。これが実現できれば、もっとスタートアップのポテンシャルを開花させるような支援ができるだろう、と。
いいですね。今回フォースタさんに我々との伴走をお願いした背景として、提案してくださったプランが、私たちが目指しているスタートアップ支援の形に非常に近かったという理由があります。単に県外からスタートアップを連れてきてもらうのではなく、スタートアップと一緒になって動いて、県内の企業と結びつけながらコミュニティを形成していく、という。
スタートアップと支援者が有機的に混ざり合うことでコミュニティが生まれ、そこに地域の企業も大学生もインターンも全部入ってくると、すごくいい渦になる。そういう「うねり」を山梨でも作りたいと思ったし、作れると思っています。
なんでそこまで? と聞きたくなって
フォースタさんが山梨とつながる最初のきっかけって何だったのでしょう?
確か、弊社が「CIC Tokyo」に入居していたた頃、何かのきっかけで出会いました(笑)。当時からすごく先進的で面白いことをやっている自治体だと思っていたので、たぶん僕から声をかけた気がします。
小田さんからお声がけいただいたのですね。
山梨県、ユニークだと思いました。東京に近く、ある程度の市場規模はあるものの、そんなに大きくはない。かつ「リニアが通れば……!」というものの、全然通らない。いつ状況が変わるかも分からないのに、自分たちが持っているアセットを振り切って使って、スタートアップの誘致をして。それで、なんでそこまで? と気になって。
笑

面白いことをしている理由や、何故しているかという「やっていることを選んだ理由」というものにすごく興味があって。聞きたくなっちゃった時には聞きにいく、というスタンスなんです。
聞きたくなっちゃったんですね。ちなみにその時の回答は?
覚えてない(笑)
ははは。たしか、リニア開通に向けて「リニアが通った、でも山梨には何もなかった……」じゃいけないよねと、動いていたと思います。県内からすぐにスタートアップを生み出すことは難しくても、首都圏から誘致して、実験のフィールドとして使ってもらうことはできるだろうと。
今、僕らが楽しみにしているのは、誘致したスタートアップ企業を中心に県内の経済がどう活性化していくかということ。
こういう支援をすればこういう効果・成果が見込めるだろうという、ある程度のフレームワークはできている。そのフレームワークを我々が知っているだけでは地域に根付かない。なので、県庁の皆さんにも知っていただいて、一緒にスタートアップを支援できる体制を作りたいと思っています。
Cheer Up!が超重要
僕らの支援では、スタートアップ企業へのメンタリングをかなり重要視しています。事業特性や、起業家・社員の雰囲気、人間性に合わせて専任のメンターをアサインしたり、我々も月に1度は面談をしたり。つまり、話をする機会を積極的に作っています。メンタリングの場に、非常に高い確率で同席してくださるのが山梨県スタートアップ・経営支援課のみなさん。これがすごく大切だと思っていて。
それはもう、皆さん「先生」ですから。
担当者の方に任せておしまいという方も多いんですよ。でも本来、支援先のスタートアップと人間的な距離を縮めて、「どういう時に、何を思っているのか」を知らないと、最適な支援はできない。なので、そうではないことがとてもいいと思っているんです。
ありがとうございます(照)
仮に僕らがいなくなったとしても、次の担当者が方法を変えたとしても、それまでに構築した人間関係があれば「こういう時は山梨県庁の⚪︎⚪︎さんに相談すれば、最適な誰かを紹介してくれる」というように、”ハブ” としての役割を自治体の皆さんに持ってほしいと思っていて。なので、一緒になってくださることがとても重要なんです。

スタートアップ企業のメンタリングに同席させていただくのは、僕らにとってもすごく勉強になるんです。小田さん方はいつもステージに合わせた、的確なアドバイスをしてくださっています。
今回「アクセラ」に採択されたスタートアップはフェーズもさまざま。それぞれのフェーズに合わせて、最適かつ最速で企業や行政機関を紹介することは専門家として外せません。1つでも2つでも、「このプログラムがあったから業務提携が決まった」「試験導入が決まった」など、目に見える成果を作っていきたいですからね。
でも、それだけじゃなくて。人間くさいというか、泥くさいというか、フォースタさんって本当に実直で嘘がない。そういう姿を見ていられるのもいいんです。
やっぱり起業家って自信を失うことも多いだろうし、そういう時に「大丈夫だよ」というメッセージをしっかり伝えたい。もう、メンタリングというより「応援」ですよね。チアアップ! これ、たぶん超重要。応援があってこそ、成果を上げられる。だからそこは、チーム全員、みんなでフルコミットです。
行政の役割は、地域全体の挑戦の数を増やすこと
これまでの小田さんとのやりとりの中で、印象に残っていることを一つ挙げるとしたら「スタートアップが地方に定着するには、良いと思えるコミュニティやマーケットがあるなど、”そこ”でやる意味や意義がなければ先はない」というお話。それは僕らが本当に忘れちゃいけないところで。
これは僕の個人的な意見ですが、スタートアップってビジネスチャンスがあればフィールドはどこでもよかったりする。言い換えると、同じところに居続ける必要もないと思っているんです。
けれど、 “生まれたところ” に関しては、そこで生まれた理由や、何かしらの必然性があるはず。生まれた時にいろんな支援やサポートを受けたとしたら、何かしら「ここに還元したい」という気持ちが芽生える。そういった「恩」や「思い」が残っていくことが一つ重要な要素かな?と思っています。
「思い」が残っていく、ですか。
スタートアップ支援は一つの手段だと思っていて。その手段を使って「スタートアップ的な考え方」や「スタートアップ的な動き方」をする人の数を増やせたらいいな、と思っているんですよ。
なるほど。
スタートアップ支援事業の本当の価値は、支援活動によって地域全体の挑戦の数が増えることだと思っています。「挑戦する」というチョイスを広く示すことで、勇気あるアクションを選択できる人を増やしていく。そうしていかないと「支援者」ばかりが増えて、「支援先」が増えないという状況に陥ってしまう可能性もありますから。支援過多で支援者ばかりが盛り上がり、でもそこにスタートアップはいない……という。これは、本当に良くないです。

「イノベーションを通じて社会を変えていこうとしている人がいるんだな」、「そういった方が意外と身近にいるんだな」とか。「挑戦をしてもいい」ことを知ってもらうと、みんなのアクションは変わってくると思う。「知らないからできない」方は結構多いですから。そして、誰かが「やれるかな?」と思った時に背中を押す。その環境があることがすごく大切です。
環境を整えて「背中を押す」。それが支援の本質かもしれません。
環境づくりに加えて、地域の皆さんに「起業しよう」「挑戦しよう」という選択肢を持ってもらう。それこそ支援拠点がオープンしたら、誰かの成功事例が誰かの身近な成功事例になって「自分にもできるかも」と思える人を増やすこともできる。そうやって挑戦の数を地域に増やしていくのが、僕は行政の役割だと思っています。
何かあったときに第一想起であがる人
身近な誰かの成功というのもいいですし、失敗したとしても、またここにくればチャンスがあるとか、きっかけがあるとか、次につながるイメージが持てる。そういう場や流れを作っていくのが行政の使命かもしれませんね。
そうそう!挑戦の数を増やすと同時に、失敗を許容することも重要。やっぱり挑戦しない理由って、失敗が怖いからなんですよ。失敗を怖がらなくなってはいけないけれど、失敗を失敗と思うんじゃなくて、「100だった可能性が1つ減っただけで、実は一歩進んでいる」と考えてほしい。
せっかく頑張って、気持ちを決めて挑戦した人に対して「ほら、やっぱり」と後ろ指を差すのではなく「ナイスチャレンジ!」と言ってあげられる地域でありたいです。
挑戦する人たちを評価する。行政として起業を支援していくことのメッセージはそこにあると思っています。そもそも、大人ってパッと挑戦しにくいんですよ。「家族が〜」「ローンが〜」などなど。
笑
もっと早いうちに「挑戦」という選択肢をインプットされていたら、大学生の時に飲み歩いてなんかいなくて、もっと頑張ったかもしれないですよね? そう考えると、「もっと早い段階からスタートアップ的な考え方を持ってもらうために、中高生向けに教育を盛り込んでいこう」とか、教育にアプローチした支援策も作られてくる。
アントレプレナーシップですね。そこでいうと実は、令和6年度の「高校生のビジネスプランコンテスト」で、甲府市の甲府第一高校が「学校賞」に選ばれたんです。「学校賞」というのは、最も多くプラン提出した学校を讃える賞で、僕はこれをすごく誇らしく思っているんです。
まさに「挑戦」の数が多いということですもんね。
挑戦できる、挑戦を応援する、失敗を許容する。それをちゃんと受け止められる社会を〜と思ったら、やはり時間軸を長く持たないといけないと思います。支援者は、どんな心構えで支援に向き合えばいいのでしょう?
ちょうどいい距離感が重要ですよね。支援者側は支援が仕事ということもあり、「何か困ってませんか?」と、支援することに飢えたスタンスになる。だけどスタートアップ側からしたら、場合によってはちょっとうざい(笑)。なので、”何かあったときに第一想起であがる人”でありたいと思っています。
困った時に「とりあえず小田さんに相談しよう」とか、そうやって思い出してもらえる人ということですね。
その関係性を作っていくことが前提です。そのために、常にアンテナを張っていないといけないですね。そうしてスタートアップ側が想像しなかった角度から、いろんな人や企業を紹介できると彼らにとっても新しい気付きになる。「自分でちょっと考えればできること」ではなく、「なるほどそうか!」を提供していく。そんな心構えが重要だと思います。

関係性構築の話でいくと、行政の職員はおおよそ3年で異動になってしまう。その時にも機能するのがこの支援拠点であってほしいと思います。
業務じゃない繋がりというときに、機能するものがコミュニティ。支援拠点はしっかり機能すると思いますよ。ちなみに、僕が思う “一番いいコミュニティ” は、「入りやすく、出やすい。でもまた帰ってきやすい」空気感があるところ。「一度入ったから毎回参加して」は、少し重いじゃないですか。
そうですね(笑)
興味がある時には戻りたい。用事がなければ行かなくていい。そして、ふらっと行けば「どーも」と挨拶し合える誰かがいる。さらには仲間や友達も、ふらっと連れて行きやすい。そんな心理的安全性があることが大事かな。
ベースに「スタートアップ」「地域を変える」など、一つ軸となる共通項があれば、話もつながるし、広がっていく。そういうコミュニティは、「場」があってこそ作れるものだと思います。
そういうコミュニティ、まさに我々が作りたいものです。それならたとえ異動があっても、我々もふらっと行けますし、ね。
