「この人に会いたい、応援したい」が集まる場をつくる。山梨にスタートアップ支援施設が必要な理由。 | 山梨県スタートアップ・経営支援課 森田考治× Ba & Co 吉田民瞳

「この人に会いたい、応援したい」が集まる場をつくる。山梨にスタートアップ支援施設が必要な理由。| 山梨県スタートアップ・経営支援課 森田考治 × Ba & Co 吉田民瞳

山梨県庁にスタートアップ・経営支援課が誕生して、まもなく2年。「汗をかく行政」を合言葉に、誘致から資金調達、起業支援や成長加速サポートまで、各領域を横断して奔走する様々な支援事業を展開しています。

2025年秋には、県下発のスタートアップ支援拠点が誕生予定。全国にさまざまな支援拠点が生まれる中、山梨における支援拠点はどんな場所であるべきなのでしょうか。また、そこではどんな支援が提供されるべきなのでしょうか。

連載「スタートアップ支援って、どうあるべきなんだろ?」は、この問いのヒントを探る企画。

山梨県スタートアップ・経営支援課が、毎回ひとつのテーマをもとにゲストをお招きし、建設途中の工事現場で「あーでもない、こーでもない」と対話を重ねていきます。

連載の本題に入る前に、プロローグ(後編)では、支援拠点の企画パートナーとして一緒に準備を進めているBa & Coの吉田民瞳さんとともに、支援拠点の企画の「これまで」を振り返りながら、どんな場所であるべきか?について考えます。

プロローグ前編はこちら

PROFILE
森田 考治(もりた・こうじ)山梨県庁 産業政策部 スタートアップ・経営支援課 課長補佐

東京都 あきる野市出身。徴税や農政部、県土整備部など、さまざまな部署を経験後、2023年に新設されたスタートアップ・経営支援課へ。「汗かく行政」をスローガンに掲げ、スタートアップ企業への伴走支援に取り組んでいる。

PROFILE
吉田 民瞳(よしだ・みんと)バ・アンド・コー株式会社 企画部 部長

金沢市出身。2018年よりツクルバに参画。コワーキングスペース「co-ba」拠点の立上げや、事業開発職を経て、不動産企画デザイン部門にて「場づくり」領域の企画・プロデュースを担当。2023年に同部門がバ・アンド・コーとして独立し現在に至る。

支援拠点という “場” を求めた理由

吉田

改めてですが、元々どうして支援拠点を作ることになったんでしたっけ?

森田

もう単純に、県としての「場所」がなかったんですよね。スタートアップ関係者が集う場所がなかったので、拠点がないとなかなかスタートアップ企業の「定着」も目指せないと考えたことがきっかけです。

吉田

スタートアップ企業が山梨県に来て拠点を構えるためにも、県内企業との取引・連携といった繋がりを生むためにも「場所」が必要だと考えたのですね。

森田

そうですね。このビルは取り壊す予定だったのですが、2階のテラスの雰囲気もいいということで改修となりました。

吉田

建物にもポテンシャルを感じたということですね。

森田

ここに期待することはスタートアップ企業が山梨県で事業展開を続けるための拠点になることと、県内企業がスタートアップに興味を持つきっかけになること。ここに来れば新たな事業アイデアのヒントがもらえるとか、オープンイノベーションという形で事業創出しようという話が出るようなことがあったらいいですよね。

吉田

もっとその手前では「こんな課題があって困っている」とか、「こんなことできる人や会社ない?」など、情報収集にも使えるような場所にしていきたいですね。

森田

コミュニティマネージャーにはそういった課題感を吸い上げ、双方向のアドバイスをしてもらいたいと考えています。吉田さんは長く「場」づくりに関わられているのですよね。具体的にはどんな「場」づくりをされているんですか?

コミュニティ醸成を大事にする、バ・アンド・コーの場づくり

吉田

「co-ba」というコワーキングスペースを運営しています。直営拠点「co-ba ebisu」のほかに、フランチャイズの形で全国に拠点をつくるネットワークを持っています。一方、自分たちで「場」をつくるだけではなく、「場」が必要な方々に対するサポートも行っています。

直近は東京都のスタートアップ支援施設の立ち上げや大学機関のスタートアップコミュニティづくりの企画を手掛けました。

森田

「場」をつくるときにどんなことを大切にされていますか?

吉田

僕らは、場づくりの中でもコミュニティ運営を得意としています。「場」を生き生きとしたものにするためにも、コミュニティの醸成がとても大切になると考えています。

森田

コミュニティーをつくること。

吉田

一方で、コミュニティーを「つくっている」と考えているメンバーはあまりいないと思うんです。コミュニティーというのは、関わる方々がそこで活動することで自然と立ち上がってくるもの。企画して「つくる」のではなく、一歩引いて下からそっと支えるような。企画者はそういう関わり方をしていけたらいいんじゃないかな、と。

森田

コミュニティーの醸成と支援拠点って、近いようで遠くも感じるのですが、どうしてスタートアップ支援に関わるようになったのですか?

吉田

きっかけは東京都のスタートアップ支援施設のお仕事ですね。
その中で僕ら施設に求められたのは、地方のスタートアップと東京の企業、あるいは東京にいるスタートアップと地方の企業や自治体をつなぐ役割。マッチングが重要ではあるけれど、単に “条件的なマッチング”だけでは最終的な事業連携には至らないという課題あったんです。

森田

マッチングの成功が指標となるけれど、成功率を高めるのは、純粋に “条件的なマッチング”だけではない。人間的な部分が大事になっているという気づきがあったんですね。

吉田

はい。僕たちは、それを「実践的支援」と「体験的支援」と呼んでいて、後者は人間的なコミュニケーションや関係構築の面でサポートしていくというもの。それが、今回の支援拠点の企画にもつながっています。

「同志になれる人たちがいる」支援拠点を目指す

吉田

今回、地方都市での支援拠点に携わること は初めてで、「地方都市ならではのスタートアップ支援のあり方」を一緒に探っていけるのは嬉しいです。

スタートアップが集積している都市部のインキュベーション施設と同じようなことをやっても仕方ない。「地方都市におけるインキュベーションにはこんな方法がある」「こういう道もある」と示せるような、そういった突破口になる取り組みにできたら面白いんじゃないかな。

森田

スタートアップを中心に、いろんな人が集まってくる場所にしたいですね。

森田

ビル一棟丸ごと使用した多機能の支援拠点は、4,5階がスタートアップが入居する個室スタジオで、3階は起業準備者やフリーランスなどの方々が利用できるコワーキングのようなスペースとなります。ここまでがいわゆるスタートアップの方々をターゲットにしているエリア。

2階はラウンジ。テラスもあって、カフェもある。カジュアルな会話ができたり、打合せもできる。そして1階がものづくりスペース。3Dプリンターや撮影スタジオ、木工ルームがあります。

吉田

もちろんすべての機能があってこそですが、公共性の高い、開かれた場所として2階が重要になりそうですね。

森田

はい。スタートアップ、支援者、地元企業や学生、高齢者などが交わることで、拠点の価値が高まると考えています。隣接するパラスポーツセンターも含め、多様な人々に利用してほしいです。

吉田

スタートアップにとって、支援を受けることだけが目的になってしまうと、ほしい支援を手に入れたら山梨を離れてしまうかもしれない。そうではなく、人とのつながりなどの情緒的な側面も含めて「場」を盛り上げていきたいですよね。

森田

ラウンジエリアが日本の縮図のようになり、多くの人が関われる場所になればと思います。

吉田

孤軍奮闘する地域のスタートアップにとって「ここに来れば同志に出会える」と感じてもらえるような場を目指したいですね。

「場」の力で地域が変わる原体験

森田

ところで、吉田さんはどうして「場づくり」を考えるようになったのですか?

吉田

僕の地元に「金沢21世紀美術館」という美術館があります。

森田

「スイミング・プール」で有名な現代美術館ですね。

吉田

実は、いま21世紀美術館が建っている場所には、もともと幼稚園や小学校がありました。僕は当時その幼稚園に通っていたんです。それが、あるとき老朽化で取り壊されることになりまして。

森田

それは印象に残る出来事ですね。

吉田

そうなんです。思い入れのある場所が取り壊されて、仮囲いに包まれ、それがある日突然現代美術館に生まれ変わってしまった。そこから、少しずつ街の人に受け入れられていくプロセスを間近で見たことが、僕にとって「場」の力を考えるきっかけになりました。

森田

それが吉田さんの原体験だったんですね。

吉田

中でも特徴的だったのは、アートに関心のある人だけをターゲットにしていないということでした。

森田

どんなところが面白かったのですか?

吉田

面白いなと感じたのは「ミュージアムクルーズ」という取り組みです。市内の小中学生全員が招待されて、美術館を訪れる。シンプルな取り組みなのですが、美術館を案内するのは、地域のおじいちゃんや近所のお母さん、地元の大学生などのボランティアの方々です。みんなで一緒になって、よくわからない現代アートを「かっこいいね」とか「気持ち悪いね」と言いながら鑑賞するんです。

森田

作品を解説するというより、一緒に体験するのですね。

吉田

はい。子どもたちは、そこで初めて現代アートに触れるわけですが、その「場」に自分たちと同じ目線に立って一緒に作品を眺めてくれる人がいる。それまで自分が考えていた「美術作品を観る」こととは全く異なる体験でした。

森田

見方が変わりますね。

吉田

面白いのは、招待された子供達には再訪チケットが配られて、もう一度家族と訪れたくなる仕組みがあるんです。今度は子供たちが案内する側になって、親の見方を変えていく。

森田

親も美術館でこんなふうに過ごしていいんだと思うわけですね。

吉田

最近では、かつて招待されていた子供たちが大人になって、今度はボランティアの側で戻ってきているというのです。

森田

今度は、逆の立場で関わることになるということですね。

吉田

はい。同じような出会いが、今回の拠点でも地元の皆さんとスタートアップとの間で起こると面白いだろうなと思うんです。

山の頂が高くあるためには、裾野が広がっていなければいけない

吉田

今回の支援拠点でいえば、スタートアップの方が満足できる場所であることはもちろん、周囲で見ている人たちにも「スタートアップって楽しそう」と感じてもらえたらいいなと思っています。

森田

次世代にも繋がっていきそうですね。例えば、中高生が「面白そうだな」と興味を持つきっかけになるとか。

吉田

そうですね。スタートアップを支援して、支援したスタートアップが県内に「定着」していくことは重要ですが、これは一朝一夕に叶うものではありません。これを実現するためには、受け入れる地域の側でも文化の裾野を作っていくことが大切なポイントになりそうです。山の頂上が高くあるためには、裾野が広がっていないといけないですもんね。

森田

先日、僕がビジネスピッチで審査員をしたときに学生からカフェをやりたいというアイデアが挙がったんですね。審査員だから「審査」のコメントを求められる立場だったけど「ぜひやってくれ!」って言っちゃったんですよ。

吉田

いいですね。森田さんらしい(笑)

森田

自己肯定感が低い子供たちもビジネスコンテストに参画して、どんどん応援されれば、自然とポジティブになっていくと思うんです。「YES」という文化を、ここの場所から作っていきたい。

吉田

経済だけでなく、教育や福祉の課題解決にも繋がっていくかもしれないですね。

どうあるべき? を考え続ける

森田

改めて、私たちのスタートアップ支援はどんな姿を目指していくのがいいのでしょうね。「どうあるべき?」を考えるこの連載では、スタートアップはもちろん、県内企業や学生にも声を聞いていきたいですね。

吉田

そうですね。学生や山梨の地元企業の方といったスタートアップ以外の方とディスカッションすることでまた別の視点からの発見があると思います。地域課題の解決にも近づくかもしれない。

森田

さらにそこに、スタートアップの人たちが入ってくると視界が開けるのかな? と。

吉田

「地方だとスタートアップ支援拠点は難しい」という印象を抱く人もいる一方で、「東京にいる意味がない」と考えているスタートアップも増えていると聞きます。

森田

そうですね、今は東京一極集中が問題になっていますが、いずれ“揺り戻し”がくると思う。だから「東京がいい」と言っている方々の中から、近い将来「東京である意味はもうない」という話が出てくるような気がします。

吉田

今、このタイミングで山梨に来たら、めちゃくちゃ目立ちますね。

森田

はい、みんなの期待を一気に背負いながら(笑)

連載「スタートアップ支援ってどうあるべきなんだろ?」では、スタートアップ企業やスタートアップを支援する企業、山梨県内企業など、さまざまな立場の方をお招きし、対談形式で問いを深めていきます。

これからはじまる対談企画を楽しみにお待ちください。